2001.05.24
公益国家独占から公益を国民が担う社会へ

中間法人制度新設を機に公益法人制度改革への道すじを

構想日本 加藤秀樹

(1)明治以来続く「公益国家独占」の思想

KSD事件を機に公益法人制度の見直しが議論されている。

公益法人は、官庁が「公益性」を認めた場合に設立が許可される。しかしKSD同様、多くの公益法人が、長年経つうちに私益あるいは無益法人化している。なぜか。それは、公益性を、主務官庁が「器」についての事前の書類審査で判断し、「行為」で判断していないからだ。

この仕組みは、民法34条に基づいている。加えて、民法の特別法として様々な法律が定められている。ここに新しくつけ加わったのが、平成10年に制定された特定非営利活動促進法(NPO法)である。この法律では「認証」によって法人を設立できる。NPO法人は、公益法人ほど公益の濃度が高くない、だから手続きも、許認可より少し軽い認証で済ませようという意味だ。

さらに、現在「中間法人法案」が国会審議中だ。これは業界団体、同窓会など仲間うちで活動する団体を「中間法人」とし、行政の審査なしに法人格が得られるという仕組みだ。つまり公益性をうたわない法人は自由に設立してよいということだ。

ここに一貫して流れているのは、「公益」は行政が一元的に決めるという考えである。民法学者の星野英一氏は、この仕組みを「公益国家独占主義」と指摘している。

しかも以上の仕組みは、税などの優遇措置とセットになっている。例えば公益法人になればその所得にかかる法人税率は、非収益事業0%、収益事業22%(一般の法人税率は30%)になる。地域の人々からいくら感謝されようと、NPOはこれらの対象にはならない。逆に一旦公益法人になればKSDでも、様々な優遇措置を受けてきた。

(2)公益=「世の中の利益」は「世の中」が決めるもの

公益とは、平たく言えば「世の中の役に立つこと」だ。勿論、日本全国一律に考えるべき公益も多い。しかし教育や福祉など日常的な事柄は、行政、特に国が「世の中にとっていいことはこれだ」と一律に決めること自体が無理なのだ。中立とか公平という名の下にこれを無理やり決めることから無駄や不公平が生まれてきた。同じことが規制緩和や地方分権についても言える。世の中の役に立つかどうかについて、その「世の中」を構成する人達の判断を取り入れる時期に来ている。

(3)民法改正の提案

本来法人をつくることと公益性のチェックとは別のことだ。欧米の主要国は営利、非営利とも設立は自由だ(図参照)。そこで次の提案をしたい。

まず民法34条を改正して、非営利法人も許可などなしに、いわゆる準則主義で設立きるようにする。そして、活動状況や財務状況の情報公開を十分にし、活動内容をチェックする仕組みを作る。

つぎにその過程で公益性が高いと認められた団体に対して、税などの優遇措置を認める。

(4) ベンチャー育成につながる構造改革

介護やITなどをはじめ最近はNPOとベンチャービジネスが入り混じったような活動をしている団体あるいは会社が増えている。このことはベンチャー先進国アメリカではもっと顕著だ。このことからも、営利、非営利法人を同待遇にして公益性は別に考える方が合理的であり、社会の活力にもつながる。

構造改革とは、一言で言えば、百年前にスタートした様々な「公益国家独占」的なしくみを変えていくことだ。今回の中間法人制度の新設は、法律の実務家にとっては社会の変化に応じた地道な提案だが、民法34条は単なる手続き規定ではない。基本法なのである。国の基本を考えることが国会議員の仕事ならば、公益を国民が担う仕組みをつくるために、この機会に付帯決議を行うなど、民法34条改正への道筋を示すべきである。