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【加藤語録②】

お店に商品が並んでいる。自分で金を払う前は人のもの、無駄になっても自分の損失ではない。つまり、パブリックな損失は自分の損失と考えない。この致命的な感覚はあらゆることに通じている。プライベートとパブリックで分かれていて、結局みんなの無駄になるというところに思いが及ばない。

ーーこの話の前提ーー
スーパーで牛乳を買う時、賞味期限ができるだけ先になっているもの、陳列の後ろから取る人がいる。しかし、自分の家で賞味期限が切れても飲むことがある。
飲む時には、匂いを嗅いで、少しなめてみる。これが正常。つまり自分で判断している。
後ろから取る行為と自分で判断することの間に何が介在するか、それは、自分で金を払ったか、払ってないか。

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日常の出来事からも、パブリックがいかに身近に存在しているかを考えることが重要だと思います。

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