• 議事録

第199回J.I.フォーラム 「レジェンドの地、国立競技場を捨ててよいのか」  2014/03/31(月)開催
ゲスト 後藤 健生(サッカージャーナリスト)
さかもと 未明(アーティスト)
松隈 洋(京都工芸繊維大学 教授)

コーディネーター : 加藤秀樹(構想日本代表)

第199回J.I.フォーラム 2014.3.31
「レジェンドの地、国立競技場を捨ててよいのか」

○加藤 皆様こんばんは。構想日本の加藤秀樹です。今日は199回目のJ.Iフォーラムです。タイトルが「レジェンドの地、国立競技場を捨ててよいのか」ですけれども、現在神宮外苑に前回の1964年の時の国立競技場があります。これを建て替えて次の2020年のオリンピックに備えようと。その前の2019年のラグビーの世界選手権もそこでやるということです。私自身、この建て替えが決まっているとか、あるいはそこにどんな問題があるかというのは最近まで知りませんでした。少しだけ報道されたのは、建て替えに必要なお金が最初1300億円といわれていたのがいつの間にか3000億円になっている。それは何だと言っているうちに今度は1700億円ほどになった。どうして倍の金額で増えたり減ったりするのか。要するに中身はまだ決まっていないのです。デザインが決まったのが一昨年の夏ですね。まだオリンピック招致が決まる前です。まず最初に、画像で全体の問題点を松隈先生からお話しいただこうと思っていますけれども、いくつかだけ断片的に申し上げますと、お金の問題があります。それからそのお金の問題の一環なのですが、例えばオリンピックというのは16~17日間、それが終わった後どうするのかということですね。今、日産スタジアムが7万人の収容です。ところがなかなかそこでスポーツをしても埋まらないので使わないのです。サザンのようなクラスの音楽イベントをするとようやく埋まるようです。それでまた8万人のものを造るのだろうか。蓋をしたら空調など、色々なコストがかかる。大きければ大きいほど運営費、維持費がかかります。16~17日間使った後どうするのかという問題です。多分今のまま造っていけば2000億円ほどかかるのでしょうけれども、2000億円かけて仮にそこまで良かったとしてもその後は毎年毎年、日々お金がかかるのです。使わなくてもお金はかかる。使ってもお金がかかる。それはどうするのか。それはもう何十年もかかり続けるわけです。それは我々の将来世代の負担になってくるわけです。そういうものを残すことで2020年のオリンピックがうまくいったと言えるのかどうかということを考えないといけない。それに加えてデザインの問題、それから70mという高さですが、これは今の照明の高さの50mよりさらに20m高い。どうしてそんなに高いのか、そんなに高いと座っていてもあまり見えないのではないか。それから行政の手続きの問題から言っても、従来は高さ制限があり、70mのものは造れなかったわけです。ところがこのデザインが決まった後に東京都のルールを変えて高さ制限を解除したとか。我々が高い家を建てたら後追いでルールが変わるということはあり得ないわけですけれども、元々のルールに反するものをOKにして後からルールを変えるというのはとても変な話です。といったような変な話が山ほどある。一番の問題は山ほどある変な話を我々一般の日本人があまり知らないのです。オリンピックについてそういったマイナス面を報道しないことになっているかのようにメディアも報道しない。私もこの話を知ってからいろんな記者にも言ったりしたのですが、本当に報道されないです。あまり報道するとそのメディアもマイナスになるのかもしれません。そんなことを今日は3人の方にお話ししていただこうと思っています。まず松隈さんから全体のお話、特に建築の面からお話をしていただこうと思います。それからスポーツ界からももっと声を出すべきだと後藤さんはおっしゃっていました。後藤さんからスポーツの面から、そしてさかもとさんにはアーティストとしてとてもユニークな活動をされていまして、そういう話をたくさんしていただきたいと思います。さかもとさんには「美しくないでしょ?」とか、「運動する場所なのだからこう考えてもいいんじゃない?」という、目から鱗のような、既存の競技場ということよりも、そもそもどうなのかという視点でいろいろお話をしていただきたいと思います。ではよろしくお願いいたします。

○松隈 松隈です。よろしくお願いいたします。私の方からざっとお話をさせていただきたいのは、この神宮外苑という場所が元々どういう場所だったのかということをお話しようと思います。2つのオリンピックということなのですが、今回の問題が起きてから一番シンプルな発言をされたなと思うのがこの東雲さんという方で、Newsweekの日本版で「巨大な新国立競技場が神宮の森を破壊する」と書かれているのですが、この話を私の方からしたいと思います。ヨーロッパにはこういう言葉があるらしいのですが、「壊すときには壊す前にその建物がなぜ建てられたのかを考えてみる」というものです。4月から国立競技場の取り壊しが始まるのですが、ここには元々どういう歴史があったのかということをもう一度確認しなければいけないのではないかと思います。神宮外苑自身は1926年に完成して、こういう形で出来上がっています。今と様子が随分違うのは、建物は黒く塗っている部分なのですが、かなり緑が豊かで、なるべく広い公園を残そうという活動が良く分かります。当時の写真は青山通りからの写真が残っていたり、絵画館が残っていたり、随分開けた感じで、これが元々の国立競技場の千駄ヶ谷側の正面入り口ですね。一番初めはこんな様子でした。実は絵画館側の方というのは、今でもそうですが、高低差を利用してすり鉢状の芝生で客席を造っていまして、完全にオープンな競馬場のような印象の場所です。それから実は1940年にこれはご存知ない方もたくさんいらっしゃると思うのですが、「幻のオリンピック」という大会の計画がありまして、これがもう78年も前のことですが、40年の東京オリンピックが正式に決まった時に出た新聞の記事です。こういう時期にオリンピックをやろうということでポスターの募集なんかもしていて、時代が良く分かるようなポスターです。それで招致が決定した直後に神宮外苑の方がこういう「外苑誌」という写真集のようなものを出されて、航空写真も撮られていて、当時の様子が良く分かると思いますが、絵画館があって競技場があって野球場があってこのように並んでいました。これが絵画館から見た元々の風景で、今と違って非常にのびやかな公園の中にあったというのがわかります。これが神宮外苑の航空写真で、こちら側は完全にすり鉢状になっています。それから隣地にまだ住宅が残っていてこれがこの場所の位置を決めていたようです。今は違いますが、絵画館側が正面の入り口になっていて、入っていくとこういうふうに芝生のスタンドの向こう側に正面のスタンドが見えてくるという感じでした。建築の話なのですが、主人公がこの3人で、これは戦後に撮られた写真なんですが東京大学の岸田日出刀でその隣が前川國男という建築家です。その隣が丹下健三という建築家で師弟関係でした。この3人が戦前、戦後のオリンピックに関わっていく建築家です。岸田日出刀が戦前のオリンピックの競技場の場所を選ぶときに調査委員をしていて第一候補に挙げたのは実は代々木の練兵場です。あそこが一番良いだろうということで。ところがそこは戦前ですので陸軍が大反対をして引っ込めざるを得なかった。そこで神宮の外苑を候補にするのですけれども、岸田自身は1936年のベルリンオリンピックを文部省から派遣されて見に行きました。そのこともあって招致が決まった後なのですが、敷地の面積も狭いし、外苑の風紀を害するということで神宮外苑は反対ということを彼は唱えています。これは招致が決まった後の話なのですが、1937年にもそういう発言をしていて、3年後のオリンピックでこんな議論をしていたということが事実としてあります。ただ招致は決まっているし、IOCに認めてもらったので変えるわけにはいかないということで外苑の改造案承認の流れができてしまったのです。これが、岸田日出刀が会場の検討図を組織委員会の方から依頼されて描いていたものなのですが、実は日中戦争が始まる直前なのですが、低い部分だけは永久的なコンクリートの構造物を造ろうとしたのですが、その外側のところは木造の仮設で造ってオリンピックが終わった後はそれを取り外して神宮外苑の杜が傷つかないようにという提案を当時しています。実は今の図面を引いていたのが先ほど出てきた岸田日出刀の教え子であり、事務所を作ったばかりの前川國男という建築家で、実はそこで学生だった丹下健三も手伝いに行っていました。岸田日出刀が残した言葉があるのですが、今の競技場の問題と全く同じことを七十数年前に言われていて、高いスタンドができてしまえばどんなに建築的な工夫をしても調和は破壊されてしまうだろうと言っています。今の競技場は我々にとって非常に大事なものであって、オリンピックのために壊すということは言語道断であるということで、岸田は代々木の練兵場がだめならば駒沢のゴルフ場はどうだろうと示唆的に言いました。

○加藤 代々木の練兵場というのは今のどの辺りですか。

○松隈 後で出てきますが、丹下健三が戦後1964年で造る今の代々木のオリンピックプールの場所が戦前オリンピックの場所に一番良いとされていました。

○加藤 今の駒沢公園が元々はゴルフ場だったのですか。

○松隈 あそこはゴルフ場でした。そこに最終的には持っていってはどうかと指導したのですが、それでもやはり一定の路線で動いていたので、日中戦争は始まっていますが、オリンピックの組織委員会では神宮外苑の大きな模型を作って向こうに運んで説明をしていました。最終的には土壇場で駒沢に変更ということになっています。1つは神宮外苑を管理していた内務省が強い反対をしたということもありますし、中途半端になってしまったということもあって土壇場で駒沢に変更するということになりました。最後は東京市が設計案を描いてきて、これが駒沢の跡地に造られるはずだったスタジアムの絵です。これが1983年で、日中戦争が始まっていていたのですが、結局公害が出て大会の返上ということになるわけです。そしてそのわずか5年後に同じ場所で出陣学徒の壮行会が開かれています。そういう意味では神宮の外苑というのはいろんな意味で歴史を目撃した場所でもあるのです。

○加藤 これが1943年の10月ですね。ですからオリンピックの21年前ということですね。

○松隈 そうです。戦後のオリンピックがなぜあれほどうまくできたかというと、今申し上げたような経過があって、1940年にオリンピックを作り上げようとした計画のたたき台があってIOCとの関係もそうですし、検討がだいたいある程度たっていました。64年のオリンピックに目指して58年のアジア競技会のために明治神宮の外苑競技場を建て直すということが動き出していきます。これが取り壊された競技場ということで解体して建て直しました。この時に建設省が設計をするのですが、やはり神宮外苑の景観に対してどうしたら良いのだろうと当時の担当者の方も気にしていて、元々見事な茂みがあったということで、それに大きなスタンドを造ったとしてどんな風になるのだろうと非常に議論になりました。明治神宮から言われて最終的にこの高さなら良いのだろうといって造ったといいますが、隣にあった神宮球場の外野スタンドと同じくらいの高さなら良いだろうと。その高さが8メートルくらいだったというので今考えると低い気がしますが、それでも高いと言われました。それも治まったので、それでできたのが58年にできた競技場です。見ていただいている通りここに神宮の杜が残っていて、絵画館に対しても緑地帯を残すことができました。これは明らかに地面のところに7メートルの落差があったのですが、このすり鉢がこちらの面が低くなっていて、それで高さが調整できたということです。この時点ではある程度の守りができたのですが、建設省の方がある程度杜の保存ができて良かったと残しています。ところが64年のオリンピックになった時にやはり10万人規模の観客席に増やさなければならないということになり、大きく増築されました。見ていただくとわかるのですが、その形が三日月形に絵画館側だけを増築しました。下の部分は元々の大きさなのですが、ここに大きな三日月形のはね出しができました。結果的にどうなったかというと、これは航空写真ですが、絵画館にかなり迫った形になってしまったのです。先ほどの杜の部分をかなり伐採せざるを得なくて、これも後から知ったのですが、ここにある外周の道路にはみ出してしまったのです。正確な情報かどうかわかりませんが、今でもここは仮設扱いです。道路の上に建築物を造ってはいけないのですが、そこに造らざるを得なくて今でも仮設の扱いをしていると聞いています。これが増設したスタンドですね。見ていただくと一番初めの外苑に対してこれだけのものができてしまったという64年の状態の絵です。角田さんという建設省の方はオリンピックの至上命令でやむを得なかったとはいえ、随分伐採してしまったとのちに言葉を残されています。先ほどの岸田日出刀も戦前にあれ程外苑に造ってはいけないと言っていたのですが、造られた結果を見てやはりこの敷地は狭いのだと言っています。彼自身は守れなかったのですが。そしてこれも64年のオリンピックの時に岸田の元で全体の計画を担当した東京大学の都市工学の先生がこういう言葉を言っていて、あそこにいろんなスポーツで集まることは、プラスの面があるかもしれないけれど、公園が混乱を引き起こし良い環境を保ちがたいという意味ではマイナスの方が多いのではないかと64年の段階で話しています。それで今回の計画なのですが、今までお話したことが2012年の7月に国際デザイン競技が行われた時の募集要項の資料の中にこういう条件で造ってくれというのが載っているのですが、このピンクに塗ってある部分に新しい競技場を造りなさいということなのですが、今お話ししたことがデータとしてどこにも載っていないし、なおかつ今の状況を書いていなく、真っ白に塗りつぶされた、そういう絵です。高さは70メートルまではOKですという等高線だけが描いてあって、歴史的な文脈とか元々どういうものがあるのかということは情報としてまったく与えられていない中でコンペが行われてきました。

○加藤 この段階で70メートルまでOKと。

○松隈 そうです。都市計画的には15、20メートルという規制がある中で70メートルOKと。要項の中にこの現行の法規ではこの高さではありませんということも書いていないです。ですから、この条件の中で競い合ったということです。もちろん調べればわかることもあるのですが、なかなか海外の方に今お話したような文脈を理解することは難しいと思います。見ていただく通り、64年のオリンピックと今度の2020年のオリンピックとの大きさの違いは絵画館を見ていただくといかにこれが大きいかということがわかると思います。これも先ほどお話しした通りですけれども、高さ規制を非常に緩く撤回していて、デザインコンペが行われて半年も経ってから撤回しています。

○さかもと これを建てるために撤回したと?

○松隈 そうですね。

○さかもと それはどういう経緯で撤回されたのですか?

○松隈 都市計画審議会というところで了承していくのですが、でもこれは都市計画審議会がダメだしのできるはずのないことですよね。計画が先にありきでダメだと言われれば計画を白紙に戻せるのかといえば絶対になりませんので、不思議な手続きだと私は思うのですが、子供に質問されたら困るような事がまかり通ってしまっています。

○さかもと でもこのデザイン自体が、オリンピック招致が決まる前から決まっていたと聞きましたが。

○松隈 そうですね。招致前からデザインの募集をしていて、ちょっと不思議な時間的な順序がおかしいのですが。私がおかしいと思うのは、元々いわれていた1300億という数字の意味なのですが、今の東京都庁が1991年に1500億で造られた施設なのですが、都庁は一応毎日使っています。1300億と簡単に言うけれども都庁と同じ規模のものを一体一年間に何回使うのだろうかと考えたときにいかにおかしなことが動いているのかということです。この東京都庁ですら、これから修繕費に数百億かかるという試算がでているわけです。毎日使うものでもそういう試算が出ているわけです。私たちの現実というのは人口が減少するという時代に入っているわけです。そして国債だけが増えていくという時代で、湯水の様にお金を使える時代ではないわけです。そういう中でこういうことが行われている。一方でオリンピックの時に造られたインフラがおかしくなっているという事実があるわけです。そういう中でこういうものを造るお金はどこから出てくるのかというのが私にはちょっとわかりません。不思議な本が出ていまして、先ほどの40年のオリンピックの招致が決まったころに「オリンピック東京大会 お金が落ちる 何をして儲けるか」という本が出ていまして、一番儲かるのは建設業だと書いてあって、要するにこれからどういう商売が儲かるのかという対策本みたいなものが出ています。6000万円の大土木建築工事が出るぞということで建築家が一番良いぞということですね。

○加藤 これは幻のオリンピックのちょっと前に出たのですか。

○松隈 そうです。1936年に何をして儲けるかという本が出ています。

○さかもと 私、これ読みたいですよ。

○松隈 国会図書館に入っていますので読んでいただければと思いますが。

○さかもと いつの時代も同じということですか。

○松隈 そうですね。そうはいっても私は64年のオリンピックの遺産についてもう一度考えないといけないと思っているのですが、先ほどお伝えしたように、戦前のオリンピックが幻に終わった時に実は学生だった丹下健三が図面を引いて木造のスタジアムの図面を作っていたのですけれども、東京大学の先生の岸田日出刀が戦後のオリンピックの総括責任者になって代々木の練兵場がなくなった後の代々木公園の中に1940年に学生だった丹下健三を指名してオリンピックを作らせるということになるんですね。私が今回一昨日くらいに作ってびっくりしたのですが、これがオリンピックプールで、これが明治神宮の内苑の緑なのですが、この大きさのイメージをしていただきたいのですが、先ほどのコンペの要項の中の大きさを決めるところで、同じ大きさで代々木のオリンピックプールの図面を並べてみました。同じスケールです。この赤い部分で、代々木の第一体育館、第二体育館に蓋ができるくらいのものを今回造ろうとしているということですね。皆さんご覧になっていてお分かりだと思いますが、代々木のオリンピックプールもかなり高いです。これが確か40メートルくらいしかないです。これよりもさらに高いものでこの施設に蓋ができるくらいのものを造ろうとしているというスケールをご理解いただけると良いと思います。丹下さんがオリンピックの次の年に残している言葉なんですけれども、問題は今後にあるように思うと書いていて、オリンピックが終わった後どうするのか、どう使われるのかが問題であると言っています。自分が一番希望しているのは一般の人も使うのだけど、選手たちが練習のために使うようにしてほしいと。儲けなんて考えないで国費で維持されて、スポーツに親しむ場所にしてほしいのだと当時丹下さんは残しています。そのことをお伝えしたいのと、そして駒沢が戦後も使われることになって、面白いのは戦争のあとゴルフ場は食糧難のために畑になっていて、これも高山英華さんが会場の全体計画をして今の姿になっているのですが、非常に高さの低い競技場で周りをマラソンするところになっていて、今は大きな広場があってその隣に競技場と体育館があるのですが、これも全部蓋ができるくらい今回の施設は大きいのですね。その辺のスケールの問題みたいなものがどこかで認知していただかないといけないと思います。私は建築の世界にいるのですが、あり得ないくらい大きいです。今の施設ですけども、先ほど加藤さんがおっしゃったようにこれが60メートルくらいあるのですが、これに蓋ができるほど大きな建物になるということを考えていただかないといけないです。それからこの建設に関わった大成建設の方がこういう言葉を残していて、「思い出の一つとして残ったのは神宮外苑の競技場の解体です。学徒動員で出陣していった先輩たちを見送った一人としては切ない建物でした」と書いてあり、オリンピックのために建てなおすときにもこういう人たちがいて、こういう場所を大事にしていこうという思いで建設をしたということが残っているんですね。これが外苑の創立経緯のなんですけれど、大事なのは、あそこを市民が親しめる公園にしようよということが創立の経緯にあったということを一度確認しなきゃいけないのではないかと思います。そしてこれも64年のオリンピックに向けてスポーツ評論家の川本さんが国会で意見聴取を受けて言われたことですが、スポーツの振興の場になってもらいたいと。そのためには使用料を安くしてアマチュアスポーツに開放するべきであると。スポーツ以外の行事はできるだけ避けて運営については国ができるだけ補助するべきであると。つまり国営にして誰でもスポーツが楽しめる場所にすることがひとつの目標じゃないかと当時述べておられて、こういう言葉も私たちはちゃんとかみしめないといけないんじゃないかと思います。すみません、これはくだらない絵本2つですが、絵画館が小さいお家にも見えるし、神宮の木が大きな木のように見えるし。私は100年前の人たちが守り育ててきた景観というものをこれ以上変えることなく次の100年の子どもたちのために残していくということが今求められているのではないかと思っています。少し簡単でしたが。

○加藤 ありがとうございます。ではスポーツの視点からお願いします。

○後藤 こんばんは。後藤と申します。私がこういう席に呼ばれたのは「国立競技場の百年」を出版いたしました。それで国立競技場の専門家のように誤解されてしまわれそうですが。この百年という言葉をまず簡単に説明します。今の国立競技場ができたのは先ほどお話があったように1958年ですからまだ60年経っていないものです。それからその前に明治神宮外苑競技場が完成したのは1924年。つまりこの競技場が50年代に解体されてしまうので30年くらいの短い命だったわけですけれども、そういう競技場がありました。この百年というのはどういう意味かというと、なぜあそこの場所に明治神宮外苑という施設があるのかですよね。これは明治天皇が亡くなって最初は東京に明治天皇の御陵を置こうとしたのですがそれは京都に決まっていたので明治天皇を記念する神宮を造ろうという話が出て明治神宮内苑、いわゆる明治神宮の杜になりました。それと同時に近代的な西洋式の公園の明治神宮外苑というものが造られることになりました。明治天皇が亡くなった1912年の夏から考えて百年というタイトルをつけたわけです。この本の中で今あった歴史的な話も書いてありますが、それはもうすでにご紹介いただいたので純粋に競技施設、スタジアムとしてかつての明治神宮外苑競技場がどういうものだったか、そして今存在している国立競技場がどういうものなのかということを踏まえて、新しい国立競技場はスポーツ施設としてどうあるべきなのかということを考えてみたいと思います。最初に加藤さんのほうから、使っても使わなくてもお金がかかるというご発言がありました。つまり2020年の東京オリンピック、2週間強の大会が終わって、おそらくこの新しいスタジアムは数十年、半世紀、あるいはもっと長く明治神宮外苑に存在することになるわけです。それが、お金がかかりすぎると。今日本にはそんなにお金があるわけではないです。東日本大震災の復興にお金がかかるときになぜそんなお金をかけるのか、あるいは維持費が高いという話はたくさんあります。ここで百歩譲っていただいて、それができたとして、それからさらに維持費がかかって赤字になってしまったとしてそれもスポーツというものは金儲けのためにするのではないので一種の文化施設なので赤字でも仕方ないということを認めていただいて、つまり使っても赤字、使わないでも赤字ということを考えたときに最悪なのは使わないで赤字ですね。新しい競技場ができました、これは十分日本のスポーツのために活用できています、しかしそれでも赤字になってしまいましたというのであればまだ納得もできる。ただ全然使わないものができてしまいました、全部赤字ですというのは全くの無駄ですね。これから建設のためだけにかかる1700億、これは建設が始まればその予算をはるかにオーバーするのはこれまで世界中のどの国でも起こっていることですから2000億以上のお金がかかる。もっとコンパクトで安く造れる競技場を造ればもっと気軽に使えるのではないか、無駄なものをたくさん造って大きくしすぎて使えなくなってしまうのではないかということを考えています。今から90年前にできた明治神宮外苑競技場、それから1958年にできた現在の国立競技場がかなり日本のスポーツ界において重要な施設で十分に使われてきた。ですから日本のスポーツの聖地、あるいはサッカー、ラグビーの聖地というふうに呼ばれてきた。これは間違いない事実だと思います。では今新しく設計されている大きな屋根のついたスタジアムが日本のスポーツの聖地になれるのだろうかということは甚だ疑問で、ほぼそういうことにはならないと思われるわけです。現在の国立競技場が本当に活用されているかというと実はそれほど活用されていないわけです。私はサッカーの仕事をしているのでサッカーの話をしますけれども、今から20年前サッカーのJリーグが始まりました。当時は国立競技場以外にサッカーができる大きなスタジアムはほとんどありませんでした。1993年にJリーグが始まった時点で5万人以上のお客さんが入るスタジアムは神戸のユニバ記念競技場、広島のアジア大会をしたビッグアーチ、この2か所しかなく、関東近辺には国立競技場しかなかった。もちろん野球場はあるのですが、野球場でサッカーは無理をすればできますが非常に使いにくい、そういう状況でした。そこでしかもJリーグが始まったころは「J」と名がつけばいくらでもお客さんが集まった、そういう時代でした。Jリーグのクラブは自分たちのホームゲームをなるべく国立競技場でやってたくさんお客さんを集めたいので毎週のように国立競技場で試合が行われていました。そして毎週のように5万人のお客さんが集まっていた。それから日本代表チームの国際試合もすべて国立競技場で行われました。これも毎回満員、そういう時代でした。この時代は確かに国立競技場はサッカーの聖地だったということができると思います。

○加藤 それは大体いつごろまでですか?

○後藤 今はそうじゃなくなりました。それはどうしてかというと、たとえばこの間日本対ニュージーランドの国際試合がありましたが、その前国立競技場で日本代表の試合をしたのはいつだったかと聞かれると岡田監督の時代になりますから今から4年前に遡らないといけない。なぜかというと今サッカーのスタジアムが日本中にあるわけです。関東近辺だけでも横浜の日産スタジアム(陸上競技場)や埼玉の埼玉スタジアム(サッカー専用)がある。そして2002年の日韓共催になったワールドカップのためにあちこちにサッカー専用の競技場ができました。そうするとサッカーの競技場と陸上の競技場ではまず選手としても使いにくいし、観る側としてもピッチまでの距離、それを見下ろす角度からしても非常に観にくいです。ですから当然サッカーの試合はサッカー専用の競技場ですることが多くなっていきました。例えば今日本のサッカーで一番大事な試合というと日本代表のワールドカップ予選ですが、1990年代までは国立競技場でしていました。でも今はほとんどの試合が埼玉スタジアムで行われています。これはサッカー専用だからということです。ですから今サッカーの大会では国立競技場というのは非常に少なくなってきています。先ほどのご質問に答えるとすれば2002年のワールドカップのためにあちこちにサッカー専用のスタジアムができたそれ以後ということです。それから他のスポーツはどうだろうかということですが、1980年代、国立競技場ではラグビーが人気でした。早明戦、大学選手権などの大きな試合では国立競技場が5万人以上の観客で埋まる、そういう時代がありました。しかし残念ながらラグビーの集客も大分減ってしまって、国立競技場で行われるラグビーの試合は当時に比べたら減っています。この減った理由として明らかなのはすぐ隣に秩父宮ラグビー場というラグビー専用のスタジアムがあるわけです。ラグビーの場合はサッカー以上に陸上競技場でやりますとトライをする時、後ろのスペースに芝生のスペース(インゴール)がないといけないのですが、国立競技場ですると人工の芝生を敷かなければならない。これはやはり専用のラグビー競技場の方がいいわけですよね。ラグビーの試合に使用することもあまりなくなりました。じゃあ国立競技場というのは元々陸上競技場ですので陸上競技に使われているかというとこれはサッカー、ラグビー以上に全く使われていないという状況になっています。これには大きな理由が2つあります。
1つはサッカー、ラグビーに比べて残念ながら人気がない、お客さんが集まらないということ。それで国立競技場という大きなスタジアムを借りてすると使用料が5000万円くらいとられてしまいます。ですから大きな大会以外は大きなスタジアムではできないということです。もし、例えば世界陸上のような大きな大会をすればお客さんは集まるのですが、これは一番の問題なのですが、国立競技場にはサブトラックがない。サブトラックというのは陸上競技の場合、試合前のウォーミングアップとかに使う練習場ですね。これが大きな試合を開くときには必要なのですが国立競技場にはそういう施設がない、日本にたくさん陸上競技場はありますけれども、例えば大阪の長居スタジアムは横に第二陸上競技場というのがありますが国立にはそれがない。ということで陸上にも使えない。さてでは新しい国立競技場というのはどういう設計になっているのか、70メートルの高さの屋根これは第一に70メートルの屋根は開閉式になっているようですが、もし開いている時を想像してみると少しでも風が吹くと雨が吹き込んでスタンドがびしょ濡れになるということで屋根というものは高すぎてはいけないのではないかと思うのです。そういう問題点は色々あるにしてもこれもひとまず置いておいて、スポーツに使用できるかということに限って考えると、陸上競技場として新しい競技場が使えるのか。今の国立競技場でも使用料が高すぎて陸上競技の大会は開けないと言っているわけですよね。それよりはるかに大きくて屋根がついていて、冷暖房が必要で維持費が遥かにかかるスタジアムの使用料というのは多分今の使用料よりも高いものになるか、少なくとも安くはならないですね。それから新しいスタジアムにサブトラックができるかというとこれも設計に入っていないわけです。オリンピックの時期は絵画館の前に仮設的にサブトラックを造って使うということですが、それはオリンピックが終わったらまたすぐに元に戻してしまうのです。つまり新しい国立競技場では陸上競技の大会を開くには無理ではないか。ではサッカーやラグビーには使えるかといえばそうでもない。今の国立競技場がサッカーに使えない一番の理由はサッカー場と違って観客席からサッカーの試合が観にくいということ。そして今度の新しい国立競技場も陸上競技場なので、仮設スタンドや可動式のスタンドを造ると言いますがこれは本当にほとんど役に立ちません。メインスタンドは動かないのですから。陸上のトラックの上に席が有るか無いかは関係ないわけです。サッカーの時に一番重要なのは芝生の問題です。私は今の国立競技場は大好きです。子供の時から何度も通っている場所です。何が良いかというと、今の国立競技場以上の芝生は世界でもなかなかないのではないかと思います。話が横道にいきますが、今の芝生がどういう風になっているかというと、夏芝という日本の暑い夏に育つ芝が植えられています。これが冬になると枯れるのではなく休眠状態になってまた春になると芽を吹きだします。秋になると夏芝の上に冬に育つ冬芝の種を蒔いて冬の間も緑を保つ。そしてその冬の芝も気温が上がってくると枯れてしまってその頃には下にあった夏芝が息を吹き返すという、非常にうまくできています。そしてこの夏芝というのは植物として非常に強い植物で、穴が開いても放っておいてもまた横に伸びて元に戻るという強さを持っています。しかし今度の国立競技場を見ると大きな屋根がつく、この屋根がつくということは芝生にとってどういうことかというと、日が当たらない、風が吹かずに空気が循環しないということは芝生にとって致命的です。現在でもサッカー競技場などで屋根がついているスタジアムもありますが、やはり夏芝は育ちません。最初は夏芝でしていましたが、多くの競技場ではわざと冷やして夏の間も冬芝を育てるというやり方を取らざるを得なくなっています。冬芝は先ほど話したように夏芝に比べると弱いです。ですので屋根をつけてしまったら今の国立競技場が持っている一番のストロングポイントの芝が維持できなくなります。ということはサッカー、ラグビーにはあまり使うことができないのではないか、そしてこれからどうなるか分かりませんが、サッカー専用スタジアムも少しずつ増えてくると思いますし、ラグビーで言えば2019年のラグビーのワールドカップがありますので秩父宮も整備されてもっと素晴らしいラグビー専用のスタジアムが横にできるわけです。そうするとラグビーの試合でもあまり使えなくなってしまいます。では陸上競技、サッカー、ラグビーは新しい国立競技場は今の競技場以上に使えなくなってしまうのではないかという気がします。これはどういう話かというと、今の国立競技場はどういう競技場なのでしょうか。コンセプトは1周400メートルの陸上競技のトラックがあって、その中に芝生があってそこでサッカー、ラグビーなどのフットボールができるというと当たり前のように思えますが、実は明治神宮外苑にできた最初のころは必ずしも当たり前のことではありませんでした。陸上競技のトラックが400メートルというのは今では当たり前ですが、当時はそう決まっていたわけではありませんでした。例えば同じ1924年にパリでオリンピックがあってその時の競技場だったスタットドコロンブというスタジアムは一周が500メートルでした。あるいは1912年のストックホルムオリンピックの陸上競技のスタジアムは一周380メートルでした。それからトラックの中をどういう風に使うかもすべて陸上競技専用にして走り幅跳びの走路とか投擲競技の施設を一面に配置するという配置のところもありましたし、あるいは陸上競技のトラックの中にプールがあってそこで水泳もできるというスタジアムもありました。それから陸上競技のトラックの外に自転車の競技場があったり、いろんな形がありました。それを明治神宮外苑スタジアムの設計の時に、将来スタジアムがどうあるべきかということを考えて、400メートルトラックとフットボールに使う中央部分、当時はバスケットやホッケー、バレーボールなどあらゆるものがここでされていましたが、そういう設計にしました。当時の設計としては非常に先進的でしたし、スポーツが将来どうなるかと考えられた設計でした。だからこそ明治神宮外苑競技場、国立競技場はいろんなスポーツに使われてきたという歴史があります。ただ現在、これからスタジアムを造る場合も同じで良いかといえばもう時代が違います。今はスポーツ先進国のヨーロッパでは陸上競技場とサッカー競技場は全く別のものになっています。例えばドイツで1974年にサッカーのワールドカップがありましたが、実はこれは私が観に行った最初の大会だったのですが、この時は9つの競技場の中でサッカー専用のスタジアムはたった1つだけであとは全部陸上競技場の真ん中の芝生でサッカーをしていました。それから2006年にまたワールドカップがありました。この時を見ると陸上競技場だったスタジアムは1つだけであとの11か所はすべてサッカー専用競技場でした。これは昔の陸上競技場を改装してサッカー専用競技場にしたもの、そして新しく造られたものと両方ありますが、そうやってスタジアムを分ける方がサッカーにとっても使い易いし、サッカーを見に来たお客さんも見やすい。それから陸上競技側にとっても専用の方がはるかに使い易い。そうして分かれていくのが現状です。今まで最近のオリンピックに使われたスタジアムがその後どうなったかというと2012年のロンドンオリンピックのスタジアムは8万人入るスタジアムでしたが、これは大会が終わってから仮設席を取り払ってダウンサイズをして最終的にはサッカーのプレミアムリーグのウェスターユナイテッドのサッカースタジアムになるということになっています。オーストラリアのシドニーで2000年にオリンピックがありましたが、ここのスタジアムは当時11万人が入るスタジアムでしたが、8万人に縮小して陸上競技のトラックを取り払ってサッカー、ラグビー、オーストラリアンフットボールなど色々な種類のフットボール専用のスタジアムになっています。1996年のアトランタオリンピックのスタジアムは大会前から野球場として使われる設計になっていて、アトランタブレーブスという野球のチームのホームスタジアムとして使われていて、野球場として使われています。そういう時代なのです。1つの町にスタジアムがたくさんない時代には陸上競技にもフットボールにも使えるスタジアムは使い易いスタジアムとして明治神宮外苑競技場、国立競技場、世界各国の競技場としても主流でしたが、21世紀になった今としては陸上競技場とフットボールの兼用のスタジアムでしかも8万人、10万人というスタジアムを造るというのは今の時代にはそぐわない、時代錯誤のスタジアムなのです。これはいわゆる大艦巨砲主義というやつです。日本は戦艦大和を造っていたけれど実はそれは活用されることはなかった。世界は航空戦の時代になっていたという。それを真珠湾攻撃で自ら証明してしまった日本軍はとうとう最後まで大和も武蔵も活用することができないまま巨費をかけた戦艦を無駄にしてしまった。それ繰り返しになるのではないかということを指摘してこれで終わりにしたいと思います。

○加藤 どれにも使えないということは本当がっくりきますね。もう少し使えると思いましたが。

○後藤 そうですね、8万人収容のコンサートホールに使うと。

○さかもと でもそういう予定なのですよね。これを進める人たちはこれをコンサートホールに使えば良いからといって建築費を増やしてるのですね。

○加藤 それではさかもとさんそのままどうぞ。

○さかもと すみません。実は私はもうあんまり言論はやらずにアート活動に専念したいと思っているのですが、でも色々お話を伺って発言が必要かなと思ったので今回出ることにしました。最初に学徒動員が行われた場所であり、明治天皇の葬儀が行われたところであり、いろんなことをきちんと考えられて造られた聖なる場所だと思うのです。そういう聖地を踏みにじるような建築物を建てることは歴史に対する侮辱ですね。それから戦争で亡くなった人たちに対する侮辱ですよね。そして先ほどのお話にあった、陸上競技場の使用料が高くて陸上競技ができないというのはなんと馬鹿にした話なのだろうかと。私はオリンピックそのものを否定するつもりは全くありません。何千年も続いていて聖火を絶やさずに世界平和を想いながらみんなで国際交流してお互いの技能を競い合うというのは素晴らしいと思います。その時だけは戦争をしないという協定を全世界で交わして行われてきたのは素晴らしいと思います。でもそういう理想が勝ちすぎてしまって大変な赤字になってしまってロサンゼルスオリンピックの前にオリンピック自体がもう進められないのではないかということになってしまった時に、オリンピックが儲かるということを発案してオリンピックは息を吹き返して今があると。お金は必要ですからお金が儲かるシステムを考えたことはそれでよいと思います。私はいつもオリンピックを見て感動します。命を懸けて鍛錬して水泳に取り組まれている北島康介さんに会ったことがありますが、もっと他にやりたいこともあったしいつ辞めようかと思っていたけれどもそれでもやるんだとおっしゃっていたのを聞いて本当に感動しました。けれども、そういう選手たちを出汁にしてお金儲けだけをして、後々使えないような、ゴミのような建築物が残るということは選手たちに対する侮辱だと思います。そしてこちらの競技場が造られてきた経緯、オリンピック招致前にデザインが決まっていて、それを押し通すためにみんなが守っている建築基準をわざわざ変えている。その経緯もはっきり知らされていない、きちんと議会を通過しているのかもわからない、承認するだけの議会なら民主主義の死ですね。いまでも超少子高齢化で独居老人がどんどん増えてそういう人たちの孤独死を防ぐため、そして子どもたちを育てるために日本がどういうふうに立ち直っていかなきゃならないか、そして東北の大震災があって、東北の人たちの生活をどうしていかなければならないか、あるいは今年金がどんどん破たんしていますからどう高齢者たちが生活していくのかなどあらゆる問題があります。このあいだ小耳に挟んだのですが、公的保険もTPPが進むことによって破壊されようとしています。がんの治療も健康保険で賄えなくなってしまうという時がすぐにきます。そういうことも知らされていない。そういう中でこれだけの巨大な建築費を投入してよいのか。国民にはこれは大きな問題ですね。そしてこれだけではないです。日本中でこういうことが行われている。日本の箱物行政で一番醜いなあと思うのが、勝手に好きなものを建てて総合的に見てまったく美しくないところです。ヨーロッパの街並みを見ると非常に景観が美しい。相当な景観条例があると思います。どうして日本ではそれができないのか。建築業界をリードする人たちには美意識と知性が欠けていると思います。そしてメンテナンスがされていない。昔古代ローマの漫画を描いたのですが、ローマは下水道の管理をすることによって疫病が流行らなくなって人口が増えてどんどん立派な街になっていったのですが、何がすごかったかといえば、下水道を造った、そして素晴らしい建築物を造っただけではなく、それ以上のお金をかけてメンテナンスを行いました。そして何百年後も使えるようなものをきちんと都市計画を立てました。道路なども放射線状で、昔は日本も平城京、平安京の頃はできていたのです。非常に美しい道路になっている。そういうことで日本は知力が欠落しているとしか思えません。これを見て思ったのは、まったく比較するに堪えないものですが、ローマのコロシアムですね。とにかく数を8万人の次は10万人というものを造る必要があるのか。万が一災害が起こった時にリスクも増えるわけですから数だけ増やしてワーワー騒いでそれが本当に良いことなのか。どうして国立競技場ではいけないのか。日産スタジアムなんて閑古鳥です。使いようがなくてどこかの小学校が持ち回りで体育祭をやらされていると聞きました。もう建物はいらないです。先生はサッカー専用の建物をお造りになりたいのでしょうけれども、私はもういらないと思います。なぜあのペレのサッカーのキックに感動したか。そんな立派なところで全然訓練していない貧しい国の人たちがサッカーボールも買えないような子供たちが必死でやって強くなったわけですよね。サッカーが強くなるために立派な競技場は必要ですか。私は必要じゃないと思います。そもそもオリンピックは運動会じゃないですか。はっきり言って空き地があればできます。
建物ありきの今の動きはおかしい。64年のオリンピックは大変意義があったと思います。私は65年に生まれたのですが、私が産経新聞でコラムをしていた時にオリンピックの歴史を振り返る仕事をさせていただいたことがあって、足袋で走った金栗四三(かなぐり・しそう)さんの話とかは読んで涙が出ました。国民は本当に日本の復興を背負うのだといって命がけで競技をした人たちのドラマを見たいのだと思うのです。別に大きな国立競技場が見たいわけではないのです。ただ今の日本という国は東日本大震災、経済不況、少子高齢化と問題を抱えていてそれを勇気づける意味はあると思います。一方でなぜ日本人が子供を産みたくないか、それはこんな国だからですよ。国民の「心」をなおざりにハコモノ行政ばかり横行している。それを変えなきゃいけない、そういうきっかけに次のオリンピックがなるのであれば、切磋琢磨してきた選手たちを素晴らしく見せてあげる競技場を新築するのはやぶさかではないと思っています。建築費もかさむでしょうけれども、意味のあることに当然使うべき。そして無意味な出費を削る努力をすべきです。大切なのは本質的な意味と心です。そういうことを考えてこのオリンピックをやり直すのであれば、この建物について討論するのであれば意義があると思って今日ここに来ました。ただ日本の再生のチャンスとして、その象徴として新国立競技場を造るのであれば、このデザインではないと思います。普通に日本人の美意識として見て私は美しくないと思います。ましてやみんなが愛している明治神宮外苑の景観を壊してまで造る必要はないと思います。建築費に関しては全く言語道断で、猪瀬前知事は今までで一番安いオリンピックをすると言っていて何ですか。辞めれば良いというものではないですよ。昔でいえば腹切りですよ。そういうことを恥じることなく推し進める大人たちがいるのです。もしこのままの形で造営がすすむならオリンピックが終わった後はそういう人たちをあぶり出して戦犯として運動会をさせて、あいつが何億円も無駄遣いさせたとゼッケンをつけさせて走らせたら面白いんじゃないですか。それなら私は参ります。それくらい深刻なことが起こっているんです。日本の恥の象徴です。さて、なぜコロセウムはなぜ作られたか。大騒ぎをして人数を集めてワイワイ騒いで、その裏でローマ皇帝や一部の支配階級の人たちが好き勝手なことを進める間にみんなサーカスでワイワイやって気が付かない。それと同じことが行われようとしていることに是非気が付いていただきたい。私はこのハディトさんという建築家に恨みがあるとかではなく、美意識の違いがあるということを前提にお話しさせていただいているのですが、このようなUFOみたいな、近未来どうこうという時代はもう大阪万博で終わっています。あの頃こんなことがあったら良いなというものはもうほとんど実現しています。このあいだ主人と一緒に銀河鉄道999を久しぶりに観たのですが、超未来と言われているのにパスを買うときにタッチパネルではなくボタンでした。そのくらい現実の方が便利になっています。ではそれによって私たちの知性、人間性、一応民主主義の国の人間であるという意識が少しでもあがりましたか。これだけめちゃくちゃなことが行われていてなぜ誰もわからないのでしょう。そのような、進歩が素晴らしい、大きいことが素晴らしい、高いことが素晴らしいという時代は終わって、地球という限られた場所の中で限られた人間が自然を破壊しないでどうやってシェアしていくかというときに、このデザインはなしだとまず思います。それからもう1つの疑問は日本の物なのになぜイギリス国籍のイラン出身の方のものを選んでいるのか。やはり日本人が設計した物で世界にいろんなことを発信したいですよね。1940年のオリンピックの時に木造の競技場ということも検討されたそうなのですが、私は木造というのは良いことなのではないかと思っています。こんなことを言うとまた自然破壊だとか言う人がいますけれども、日本の文化を発信するのであれば木造で移築できるような物にして、終わったら解体する、そうすれば維持費もかからないです。では移築するものをどうしたら良いか、たとえば地方でこれから独居老人が増えるので老人ホーム、グループホームのような一緒に住めるような場所を造る、あるいは東北の大震災で家を失った人たちに家を建ててあげるなど、たくさん使い道はあります。例えば椅子を木で作ってこれが日本のシェアなのですというものを作って、その後に2020年のオリンピックですと売ったらどうですか。あるいは万が一の災害の時に人を収容できるようなアイデアがあれば私たちは納得できるのではないかと思います。そしてそういう和風の建築で「日本」というものを発信できて、いろんなアーティストの絵や素晴らしい工芸品、掛け軸や生け花など、日本人が毎日心を込めて花を生けるのですよと16日間花を生けても良いじゃないですか。日本人というのはこういうところに心を遣うのだと。それからいろんなアーティストの絵やオブジェなどが飾られていたり、盗まれても良いと思います、そういう盗みたくなるようなものを見せる。あるいはこうして屋根を造るときに、建築的に可能かどうかわかりませんが、和紙に油を塗って蛇の目みたいにして、きちんと雨どいも作るとか。あるいは葭津のようなものが下がってきたり、それを日本の素晴らしい織物で作れないか。そしたらみんなどんなに日本を美しいと思ってくれるか。借景という考え方がありますね。外苑の杜をそのまま楽しめるような発想はできないのか。あるいは和紙などで巨大なスクリーンを作ってプロジェクターで選手たちの姿を見せるのも良いですね。あるいは影絵を映し出したり、夜になったら蛍光灯を使わずに提灯でしても良いのではないですか。選手が怪我をしては困りますけれども。日本人はこんなに自然と一緒に暮らしてきたのだということを発信できるような知性を感じさせるような建物を数千億円かけるのであれば造ってほしいです。私たちの税金なのですよ。さらにこの借金が私たちの子どもや孫に遺産として相続されていくわけです。私たちがもっと真剣に考えていってあげないとオリンピックがくるぞと喜んではいられません。このオリンピックの選手たちもかわいそうです。選手たちが悪者になってしまいます。そんなことはあってはなりません。日本国民がこれを負の遺産としてではなく、日本のためになるんだというイベントにしてあげないと選手に失礼だし、オリンピックの聖火を数千年引き継いできた人たちに失礼だと思います。日本は戦後の教育がダメになりました。戦前がすべて良かったとは言いませんが、そういうことを放置したまま宗教教育もしないまま、人道的な教育を行わない、汚職がまかり通っている、民主主義だとは言っているけれども全然違う。私はよく右翼だと言われますけれども、この国のために自分も戦うんだと思ったあの頃の日本は悪い部分ばかりではなかったと思います。むしろ民主的だったのではないか。自ら兵士になる覚悟があったこと、少しやりすぎたところはあったけれども、非常に国が元気だった。民主主義はそもそも民衆が戦って勝ち取ってきたものです。自ら兵となる覚悟なしにはありえないことなんです。さて戦前当時の日本の建築は素晴らしいですね。周りの美観に非常に配慮した素晴らしい建築だと思います。戦争でなくなってしまいましたが、昔の帝国ホテルは素晴らしかったらしいですね。台湾総督府も大変美しい。なぜあの美意識を保ったまま日本の建築界はやってこられなかったのか。それは私たち日本人が心を失ったからではないでしょうか。心を失って大きな建物だけ建って、手入れもしない。子供は学校にいて塾に行くからと掃除もしないのです。心が全く荒廃したままで勉強だけしてもちゃんとした人間になりません。そしてそういう不安を感じるからなのでしょう、女性が子供を産まなくなりました。いろんな女性の問題もありますが。まず、女性がこの男の子を産んであげたいというような男性がいなくなったのではないでしょうか。でも男性のせいということではないです。男性が悪いのは女性が悪いから、男性が命かけて守りたい女性がいない。両方なのです。男が命がけで守ろうとする女に私たちはならなければならない。でもそれがなされなかったら建物だけ残って、100年後に日本人はいないと思います。文化も途絶えると思います。私は滅びの日本をどうやって救出しようかなと今考えておりますが、もし可能であるならば加藤様がこういう会を開いて、この建物は中止ということにしていただいて、この折に日本の色々な不正が洗いざらい洗い出されて、本当に日本は無一文になったんだなという意識のもと、新しい日本の第一歩のオリンピックを迎えることができるように祈っております。ご清聴ありがとうございました。

○加藤 さかもとさんは多分大勢の方にとってびっくりする部分、超えた部分があると思います。ただポジティブなところ、例えばオリンピックって運動会だから空き地があれば良いではないかと。そもそものところを考えるとそうなのです。

○さかもと アテネは年中戦争していたのです。それで、疲れたので戦争を止めて運動会しないかというのから始まっているのです。

○加藤 本当にそうなのですよね。もう少しそれをわかりやすく、大勢の人たちに言うと、目的は何ですかということですね。先ほど後藤さんが仰った、サッカーにもラグビーにも使えない、使うために造るのに使えないものになる可能性があるものを造る、それが高いということですね。それをもっと本質的な言い方をすると運動会じゃないかという話です。それから屋根を和紙で作ってみるとか、それが現実的にどうかは別にして、本当に斬新なものを考えるなら色んな知恵を出せばいいわけですし、ハディドのデザインは一見斬新ですけれども、50年前なら斬新でしたが、50年前の未来の建造物としてあったかもしれませんが、今の時点でどうかなと思うわけです。それからこういう議論のきっかけになった槇文彦さんの提案の中に、松隈さんに伺ったばかりですが、こういうものを造るのではなく今の国立競技場の周りに小さい東屋のようなものをいくつか作ってそこでスクリーンで観ても良いじゃないかと。どうせ中で観てもスクリーンを見ないと見えないから、外で観ても良いのではないかと。

○さかもと 昔の新橋のテレビ場みたいな感じで、テレビを買えないから力道山を観て元気になったわけじゃないですか。そういうことを日本中でやればいいと思います。通信がこれだけ発達しているのですから。

○加藤 例えばウィンブルドンのテニスはなかなか入れないから外の草原に座って大きいスクリーンで観ていますよね。ワーという声が中から聞こえてくるわけです。ですからもっと飛んだ発想があっても良いのではないかという問いかけをしたいと思います。

○さかもと 私は競技場に入れるのは1000人くらいでも良いのではないかと思いますよ。お身内と世界の金持ちしか来られないようなモナコのF1グランプリみたいにして、他の人が入れない。庶民は外のスクリーンで見る。そのくらいの方がわかりやすいと思います。私たちは庶民です。お金持ちが作ったシステムの中で良いように使われて、スポーツなら分かりやすいから数が動くだろうとくだらない行政の予算を引き出す道具に使われている。でもそれは民衆と選手たちに対する侮辱だと思います。

○加藤 こういう本質的なことをもっと我々は考えないといけないのではないかと思います。と言った後に、若干つまらない、細かいことを付け加えますと、先ほどロンドン、シドニー、アトランタについてのお話がありました。実はこれは構想日本がやってきた仕分けの一環で、今政府がすべての国がやる事業について行政事業レビューシートというのを公表しています。それで文科省の外郭団体である独立行政法人日本スポーツ振興センターというのが国立競技場の建て替えを行う主催者なのです。そこに対して大体毎年このスポーツ振興センターの運営のための運営交付金としてほぼ毎年5、60億円くらい出しています。それとは別に施設を整備するための施設整備費が毎年大体30億円くらい出されています。それでこれが来年は200億円になっています。200億円は何のためかというと、この200億円の中身を見ていくと、国立競技場改築に伴う概要約200億円。その内訳をみると埋蔵文化等調査費というのが4億円。それから今の競技場の7月から解体予定の解体工事費が70億円。あとの130億円は何かというと、JSC(日本スポーツ振興センター)の本部事務所移転関係費等126億円。毎年このJSCに運営のために5,60億円のお金が出て、施設も同時に直していかなければならない、このために30億円出ています。ところが来年度の予算として200億円出ました。解体の倍以上のお金を自分の事務所の移転、建て替えのためにちゃっかりとっている。ここも先ほどさかもとさんが仰ったことですね。

○さかもと そんなお金があったら選手強化費とかに充ててあげればいいじゃない。あの人たちはすごく苦労して練習しています。

○加藤 それで面白いのはそのレビューシートには金額とか担当部署とか予算をどう使うのかとか、予算の目的は何かなどの項目があります。それに200億円使う成果目標にどう書いているか。「オリンピック競技大会における過去最多を超えるメダルを獲得する」と書いてあるわけです。要するに200億円を何のために使うか、それは過去最多のメダルを取るために使うのですと。それならば選手に使いましょうよ。ところがその200億円の内、126億円を自分のビルの移転のために使うのですから話にならないのではないかと思います。つまらない話なのですが、そういう現実だということです。もう少し大事なところの話に戻って、3人の方々に非常に力を入れてお話していただいたのでもう8時を回りましたが、ではどうすればいいのかということをもう少しお話をしていただきたいのですが、先ほどのお話で、何にも使えないというのは非常にがっかりしますね。

○さかもと とりあえず加藤さんができるだけ騒いで、メディアも商売あがったりで取り上げないでしょうからスポンサーを探してやってください。

○加藤 更地に戻して運動会をするというのも案外良いかもしれませんが、とりあえず今の国立競技場、先ほどのお話で大事なのが、サブトラックがないというのは致命的だということですよね。ところが新しい競技場を造ったら益々サブトラックのスペースがなくなって、やはりサブトラックがないわけですよね。それはどうするのですか。

○後藤 だからまず決めるのは将来それを陸上競技とフットボール両用というのは成り立たないわけですのでそれをどうするのかということです。陸上競技場にするのであれば陸上競技の人たちに使い易い規模の2,3万人規模の・・・。

○さかもと サッカーの競技場が作りたいんでしょ。

○後藤 はい。そう言われてしまうから陸上競技なんですけれども、陸上競技はスポーツの基本なので東京都内に立派な競技場があることは非常に良いことだと思います。もしそうであるのならば陸上競技に使い易いようにスタンドを大幅に縮小します。そうすれば当然競技場本体も少しコンパクトになります。この計画を作るために今の日本青年館、明治公園を潰そうと言っています。スタンドの規模を少し小さいものにすれば当然サブトラック、400メートルトラックを作るのに必要な土地はいくらでもあるのです。あんな大きな屋根さえ造らなければ、今の国立競技場をそのまま転用できるとすれば、もし明治公園を潰すならばサブトラックを作ることもできるのですからそうやって陸上競技場を造ることができます。陸上競技を諦めるのならば、大きなスタンドを埋めることができる専用のサッカー場にするか、あるいはラグビーのワールドカップをきっかけに将来5万人のお客さんを集められるようになるならばラグビー場にしても良いし、何を造るかというコンセプトをまずはっきりさせなくてはいけません。そしたら解決の方法というのはいくらでもあると思います。

○松隈 今加藤さんが言われたのとは少し違うかもしれませんが、建築界から言わせてもらいますと、良い建築物を造る条件がほとんど整っていない感じがします。つまり何に使うかも決まっていないし、尚且つ関係者からヒアリングしたり、どうしたら良いものになるかということが全然聞こえてこないですね。それで設計をしろと言われても建築家は手品師ではありませんし、正直にどういう議論があってみんなで最適な会を作るのかというプロセスがないと、建築家だけにその責任を押し付けられても、変なものを造るなよというのは普通はありえないです。コミュニケーションが決定的に不足していますし、そういうプロセスが全く明らかにされていないですね。私が一番大事だと思うのが、やはりあるお金を使って造るということはそれだけ人が動くわけです。ここに住んでいる人がいるし、そのために立ち退かなければいけない人もいるわけです。みんながハッピーになるためには議論を尽くして議論しなければならないし、そして最終的には祝福された建物ができてほしいという思いがあるからやることであって、そのプロセスをふっとばして良いもの作ってねでは建築にとって相当不幸なことであると思います。

○加藤 今回のプランというのは国際コンペですよね。これはデザインコンペであって中の設計図では決してないのですよね。

○松隈 そうですね。先ほどお見せした通り、文脈も元々あそこがどういう場所であったか、どういう施設があって、どういう歴史的経緯があったのかということを全く知らずにとにかくこの大きさの範囲の中で面白いものを造ってくださいという、ものすごく漠然とした、オリンピックを呼ぶためにとしか思えないような大きな花火をあげたということだと思います。私は大学で学生に設計のことを教えていますけれども、学生に出す課題としても相当最悪な課題だと思うのですが。

○後藤 まず何を造るのかをはっきりさせないと。もし陸上競技のための物を造るのならば陸上競技の関係者、サッカーならサッカー界の専門家、それから芝生の管理をしている人たちの意見とかを聞かないと造れないですよね。だからまず何を造るかということが第一なのではないでしょうか。

○松隈 代々木のプールを造った丹下健三があれでも敷地が狭いと言っているんですね。実際あそこでできなかったことがあって、実は原宿口を出たときに歩道橋を渡ってあそこに辿り着かなければいけない、最後のところのデザインができなかったということをずっと仰っていて、今度直すという話も聞こえてはいるのですが、あれですらうまくいっていないことを全く無計画で、あそこの建物を二つ蓋ができるくらいのものを敷地が狭いところに造ろうとしているということですね。私が一番気になっているのは、一体今回の計画をどれくらいの人の専門的な知識をフィルターにかけてその集合思としてこの決定をしたのか、一体何人でこれを決めたのかということです。一番怖いのは例えば明治神宮の外苑は関東大震災が起きた時もあそこは地下もあったので助かったり、1945年の時の空襲の時も避難所になったりしました。今回屋根がつくことで、このあいだ雪が降ったら落ちるかもしれないと言われているのですが、そのことによってあそこに何かが起こった時に果たして安全な場所である保証がないものをあそこに造って良いものかという問題ですね。それからビル風の問題も出ていますが、あそこに屋根を作ると空気の流れが変わってしまうということをこのあいだのシンポジウムで聞かせていただいて、やはり一旦いくつもある方程式を解かなければならない、すごく難しい場所だということをどういう形で議論したのかということが聞こえてこないのに設計案だけ動き出して、とにかく設計しろと建築界に投げられてもそれは建築家も手品師ではありませんので正直にそれを表現してうまくいかないものしかできませんということですね。

○さかもと びっくりしたのですが、強度とかそういうものは全然考えられていないわけですよね。排水とかもどうするのだろうと思っているのですが。

○松隈 逆に言うとそれを示すことが、日本の技術力を見せるのだと言われていますけれども。

○さかもと 事故が起きたら大変ですよ。

○松隈 それは技術に対する過信だと私は思いますけれどもね。

○さかもと そういうことをもっと広報しないと大変なことになると思います。

○加藤 松隈さんはそういうことを一生懸命やってこられたんですよね。今のお話の通り、そういうことをほとんどの日本人は知らないのです。ですから使えないのだということももちろん知らないです。サッカーにもラグビーにも使える設計になる予定ですからどれにも使えるのだろうと、それでもなかなかコストが見合わないから音楽イベントをするために屋根をつける、そういうものなのかなあとなんとなく思っています。

○さかもと 全く本末転倒ですね。

○加藤 まずすべてが立派に見えるものを造りましょうというところからスタートしている、目的がわからない。

○さかもと もっと小さく考えればいいのではないですか。今日本はお金がないのです。お客さんが来るからといって新しいパーティールームは建てられないのです。そこから考えなければならないと思います。それでできることを。

○松隈 私が戦後のオリンピックを上手に使って、当時子供だった方が今度は孫を連れて同じ聖火台に火が灯るのを見るというというのが一番素敵な二番目のオリンピックだと思います。

○さかもと 私もそう思います。

○松隈 どうしてそういうことを初めに検討しないのかなと思いますけれども。

○加藤 大分時間も過ぎてしまったので、皆さんから少しご意見があればと思います。その前に森さんいらっしゃいますか。アジェンダ21の話を少ししていただければと思います。

○森 はい。私たちは「国立競技場と神宮外苑を未来に手渡す会」というのをやっていまして、今日は仲間10人の内半数くらいはこちらにきておりますけれども、最近気が付いたことはオリンピックIOCももちろんオリンピックをすることによって、招致した都市の環境が壊されたりということになったら困るのでリオンの環境サミットを踏まえて「オリンピックムーブメントアジェンダ21」というのを自分たちで決めています。

○加藤 リオの環境サミットは1980年代ですよね。

○森 その「オリンピックムーブメンツ21」は99年にリオを受けてIOCが決めたものです。その中に、細かくは紹介できないのですが、既存の競技施設をできるだけ使えという要項があります。先生ご存知のように、今までのオリンピックでもいくつも前からあるものを使ってオリンピックをしている国はあるのです。そうしても既存のスタジアムではダメだという場合に限って新しい施設を造ることができる。その時にも現地の規制に従わなければならない、今ある建築規制に従わなければならない。今回、先ほど松隈さんが仰ったように、55メートルの風致地区のところで突然70メートルで良いということをしてしまったということはこれに反しているというか、このアジェンダを無視していると言えます。それからそこの景観及び文化なども大事にしなければいけないとアジェンダ21は言っています。

○さかもと ではそういう問題をIOCに訴えたらいけないのですか。

○森 今それをしています。

○さかもと 私は今回良いことを言ってしまったので是非IOCの人にビデオを見ていただきたいです。

○森 JOCにも言って懇願しましたところ、どうぞご自由にIOCに言ってくださいと言われましたので。

○さかもと 日本で議論していても絶対に変わらないですよ。

○森 そうですね。気が付くのが少し遅かったですけれども。去年の10月28日からしている運動なので今からそれを言いたいなと思っています。

○さかもと こういうのは早く相手を見据えてしないと、活動するだけして原発でもなんでも変えよう変えようとして何も変わらないのは嫌なんです。嫌なら変えましょう。結果を出していただきたいと思います。

○加藤 それでは、質問を受けたいと思います。この場のルールなのですが、差支えない範囲でお名前と職業をお願いします。できれば30秒以内でお願いします。

○発言者1 後藤さんと同じスポーツジャーナリストをしている牛木と申します。長い間読売新聞でスポーツ記者をしていました。新しい競技場が百害あって一利なしだということは明らかです。皆さんが考えていらっしゃる通りです。そうするとどうして開催するかということです。1つの方法は、オリンピックを返上することです。もう1つの方法は新国立競技場はやめることです。そのかわりにどうするかということです。その点をどうするのか皆さんのご意見をお聞きしたいです。

○加藤 皆さんのご意見をということなのですが、皆さんでも良いですし、お一人でも良いです。

○さかもと もう時間がないのでお二人で。私はもう言いたいことは言いましたので。

○後藤 オリンピックを返上するのはとりあえず置いておいて、やるとすればやはり競技場が必要になってきます。なるべくお金がかからないで後で使える施設を造ろうということになりますね。今の国立競技場を改装するのと、新しく造るのとどちらがコストがかからないのか。これは色々な考え方がありますが、後で使い易い大きさの仮設席を作ってオリンピック終了後には適当な大きさにダウンサイズすることを前提に作っていけば良いのではないでしょうか。例えば今の国立競技場を8万人規模にするために三日月形にはり出したスタンドをなくして全体に二階席を作ることにすればそれほど長さを伸ばさないで8万人規模のものが作れると思いますし、屋根にしてもあんなに大きな屋根を作らなくても地面と平行な、これが雨の入らない最高の屋根なのですが、そうするとはるかに低いスタジアムで8万人が収容できるスタジアムを造ることができると思います。いくらでも方法はあると思います。

○加藤 私はあまりお金のことは言いたくないのですが、先ほどのレビューシートにいろんな書き込みがあります。お帰りになったら是非見てみてください。その書き込みの中に、建設費に日本は1700億円、ロンドンは740億円、シドニーは640億円、アトランタは200億円でどこと比べてもはるかに高いという書き込みがありました。正確かどうかは置いておいて大体そういう規模です。しかも日本の場合は、ロンドンは8万人だった、どこそこは9万人だったと言いますけれども、先ほどの後藤さんのお話だとそれはその2週間余りのために仮設を作ってその人数が入れるようにしている、その後はそれを改修してダウンサイズをしてずっと使える目的に改修しているわけです。ですからそこが随分違うのです。

○後藤 例えばこの国でオリンピックの後にサッカーの試合をすれば毎週7,8万人が入るよという都市であれば8万人が適正規模なわけです。シドニーはオリンピックの時は11万人でしたが、今ダウンサイズして8万人です。そしてそれはしょっちゅう一杯になるわけです。ですからその国にとっては8万人が適正規模なのです。ですが日本の今の現状で考えて8万人はやはり大きすぎるのではないかという気がします。将来例えばサッカーのワールドカップを再びやるということで新国立競技場をサッカー競技場にしてそれを使うのならば再び仮設席を設置して8万人、10万人にすることも可能なのですから、仮設、常設を最初から考えて設計することは十分可能ではないかと思います。

○加藤 もう一つ、ややつまらないことですが付け加えると、これはかなり聞きかじりで、事実かどうかはどなたか確認していただければと思うのですが、JOCが今進めている設計の中にいわゆるVIP用のスペースがあると。それがどうも一般用の席に比べてものすごく広いのですね。一体誰がVIPなのか、これも先ほどさかもとさんが仰いましたが、VIPはお席でどうぞ、我々は桟敷でいいじゃないかと思いますね。もう一人くらいどうぞ。

○発言者2 ありがとうございます。山田と申します。編集者をしております。加藤さんに質問したいのですが、お三方の意見を踏まえて、解体する7月までに政策的にはどういうことが可能なのかをお聞きしたいと思いました。この改築が決まったのは民主党政権時代で、民主党が主導していました。それが政権交代して自民党になって引き継いでいるということだと思うのですが、受け渡しの時点でどこが主体なのかやっている本人たちもわからない、でもオリンピックは決まったからやらなければいけないということで動いているような気がします。それでこの壊す7月までに何か政策的にできることがあるのかということをお聞きしたいと思いました。

○加藤 仕組みの上では何でもできます。止めたという結論を出せばいいわけですから。例えば仮にこれが国会で、2000億円の費用を使ってどれほどのことをするのかというのを全部決まっていたとしてももう一度それを止めたという結論を国会で出せばできるわけです。そういうことは何だってできると私は思っています。ただ時間の問題というのがあって、7月に壊すというのは誰が決めたのか、壊すこと自体は国会で決議したものではないと思っています。そこまで全部整理したわけではないのですが、壊すというのは文科省の外郭団体であるJSCが決めたことです。国会は何を決めたかというと、壊すための費用を含む施設整備費として200億円余りを決めたということなのです。その内の壊す費用が70数億円だということですから、これを覆す手というのはいくらでもあると思います。そのためには何をしなければいけないかというと、それは民主党政権であれ、自民党政権であれ、政治家も含めて真剣に議論した形跡はありません。ですからこれは文科省とその外郭団体であるJSCの中だけでほとんど全部進めてきた、あるいはプラス東京都が加わって決めてきた話です。国民のほとんどが知らなかった、メディアが伝えなかったという罪も大きいと思いますし、そういうものに対して「オリンピック良かった」とオリンピックが決まった瞬間に日本中が大喜びしたにも関わらず、オリンピックを2020年に2週間余りやるということには関心を持っている、日本に来るということにも関心を持っている、しかしその間のことに関しては全く関心を持っていない。それは日本人全員の罪だと思っています。ですから政治家がだめ、官僚がだめと言うばかりでそこから何もしない国民が問われるべきだと思います。あと、戦艦大和、武蔵と同じ使いようのないものができて壊すのも造るのにもまた何千億かかる、それも無関心であった国民の罪だと思います。ですから行政的な手はいくらでもあるのです。色々な利害も当然関わっていますので政治は簡単に動かないし、役所はもっと動かない。あの手この手でこのままやろうと進めてきます。ただやはり覆すには日本人のかなり大勢の人たちがおかしいじゃないかと声を出すことに尽きるのだと私は思っています。どなたかもう一人よろしいですか。

○発言者3 長野県松本市から来ました鈴木と申します。昨日まで公設の議員秘書をしておりましたが今日から本来の若造に戻っています。私は大学時代に国立競技場を走った者です。ですから思いは非常に強いのですけれども、ただそういったセンチメンタルなことではなくて、今日参加してよかったと思うのは、さかもとさんのようになかなか思っていることを言える、人によっては「運動会」というのはアスリートとしては心外かもしれません。だけれども実際はそうなんです。こういう発言を元アスリートとして聞けたということは良かったです。そういうセンチメンタルなことではなくて、サブトラックがなくて苦しんだのは私もそうでした。簡単に言うと、オリンピック憲章、IOC、オリンピックの精神、ここから大きく見直して変えていただかないと施設競争になっていますので・・・。

○さかもと ですよね。一番よいのは国立競技場の場所を使って、サブトラックを作って造り直すということですね。

○発言者3 そういうことです。まとめていただいてありがとうございました。

○さかもと やはりやる本人たちの意見を反映しないと。アスリートってそういう発言をするとみんな外されてしまうじゃないですか。おかしい。

○発言者3 残念なのはその議論の中でアスリートが外されていることなんですね。主役はアスリートなんですね。今はアスリートとは言えない私ですけれども、大学時代、ここで一周遅れで拍手されて回った人間であります。以上です。

○後藤 アスリートが外されているのではなくて、アスリートはこの問題にもっと声をあげていく義務があると思います。我々スポーツ界が国民に使わせていただくわけですから、それに対して発言する義務があるし、権利もあると思います。

○発言者3 すみません長くなって。私が残念なのは、アスリート、一流と言われた人が、陸連でも何でも、理事になりたいという方がいる。思っていることを言えない現実がある。オリンピック委員会でももっと現役でも言いたいことを発言できないのかなと。こんな私が言っても少しは意味があったかも分かりません。

○後藤 もっと陸上競技連盟、サッカー協会なども声をあげるべきだし、現役のアスリートも何か発言するべきだし、これを黙っているというスポーツ界というのは牙を抜かれてしまった、なんと嘆かわしい存在なんだと思います。

○発言者3 最後の質問で長くなってしまってすみませんでした。ありがとうございます。

○加藤 またつまらない付け足しをしますと、このJSCの決算報告があります。収入を見ていますと、大体平成24年は1400億円余りの収入があったということで、その内の国から来ているものは運営費50億円余りです。一番大きいのは何かというと、スポーツ振興投票事業収入というのが870億円、いわゆるtotoです。こういう仕組みをtotoで賄うというのが良いか悪いか別として、現実問題としてはやはりこれだけのお金に対してアスリート一人ひとりではなくて、スポーツ界、その中にはいろんな分野があると思いますが、こういうところがお金をもらってやるんだという仕組みになっているという問題も別にあるのだということですね。スポーツ界はメダルを狙うんだということになっていて、それは否定しません。獲れたら嬉しいし、とても良いことだと思いますが、そういうこと全部にお金がかかるという現実が別の問題としてある。先ほど松隈さんが仰ったように、建物が悪いということを建築家に投げられても建築家だって困るということですし、スポーツ、建築の世界の話もそうですが、そういうものに乗っかって政治が動いている。そういうもの全体に対してもっと我々が税金で払っているわけですからもう少し関心を持たないとダメではないかと言う立場でもないですね。8時半も過ぎたのでもう一言ずつやっぱりここが問題だとか、言い残したという方がいらっしゃればいかがでしょうか。

○松隈 64年のオリンピックというのは学徒動員があって、青空の元に平和の祭典が開かれたということで戦後の人々に勇気を与えたと思います。そういう施設を50年で壊すということ自体が、先ほどお話した通り、戦前から色々なつながりの中でできたわけですが、そういう人たちが築き上げたものに対して50年でそれを無きものにするということはよっぽどの理由がないとしてはいけないことだと思います。建築をすごく粗末にしている気がします。もしかすると昔の人たちが苦労して守ろうとした明治神宮の景観も含めて、私たちの世代が私たちの利益の最大化だけを目指して良いのか。100年前の人たちが100年後の私たちのために残そうと努力したものを一瞬にしてダメにして100年後にツケだけ回すということをして良いのかという議論は、オリンピックに象徴して表れていますが、この国の今の現実だと思います。そういうことを考えていかないと後世の人たちに対する責任を果たせないと思います。

○さかもと 素晴らしいと思います。私は大体燃え尽きたんですけれども、スポーツとこの国と世界の平和を真剣に愛する人たちが運営してほしいです。そうじゃない人たちが運営するのは悲しい。是非みなさん、愛と勇気を持って一緒にNOと言っていただければと思います。

○後藤 明治神宮外苑あるいは今の競技場への思いを大事にするべきなのか、あるいは明治神宮外苑というのはたかだか100年前に当時の東京市長の阪谷さんや渋沢栄一さんなどが当時の思いをもって造ったものだし、今の国立競技場は前の国立競技場をたった30何年で壊してしまって戦前からスポーツ界を担う人たち、東京都、東京市が中心となってオリンピックへの思いを繋いで造った、それを金科玉条のように壊すのはまずいとは思わない。今の新しい気持ちでまたあの場所に新しいものを建てるというのも十分に正当な理由がある。ただ、いずれにしてもこれから長く使い続けて、しかも誰にも迷惑が掛からない形で作らなければいけない。それが現在の国立競技場の改築が良いのか、それともあれはあれとして終わらせて新しいものを造った方が良いのか。これはまたいろんな議論が起こっているので、私は必ずしも今のものを使い続ける方が良いという立場とはちょっと違うということを最後に申し上げておきます。

○加藤 どうもありがとうございました。もっと合理的に考えれば良いということですよね。何をするのですか、オリンピックです、と。みんなオリンピックを成功させたいわけです。そのためにお金が必要なら使いましょう、ただそのお金は合理的に使いましょう、目的を十分達成できるように使いましょうということですね。

○さかもと 哲学が違う。

○加藤 そういうことですね。ですからそこを合理的に、目的を決めて使うならそれで良い。そこの合理性も目的も見れば見るほど何もないのではないかという、シンプルな問題があると思います。是非皆さんでお考えいただいて、できることを少しでも良いのでして下さい。今日はネット中継もしています。大勢の方々に観ていただいていると思いますので。

○さかもと 是非ご近所の方や会社で今日の話をしていただいて。

○加藤 はい。よろしくお願いいたします。ありがとうございました。次回は200回目です。今日は3月31日で、ちょっと変則的なのですが、次回は5月16日の金曜日の予定です。徳島県の神山町というところで地域おこしをされている大南さんで、「現場力結集」というタイトルです。是非お越しください。ありがとうございました。

【討論者略歴】(五十音順・敬称略)
後藤 健生(ごとう たけお)サッカー・ジャーナリスト
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。1964年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、現在はフリーランスとして専門誌等に寄稿。スカパー!ではチャンピオンズリーグ等の解説。スタジアムでの生観戦試合数は5100を超えた。ワールドカップは1974年西ドイツ大会以来すべて現地観戦。今年もブラジルへ約5週間の取材旅行を計画中 近著『国立競技場の100年-明治神宮から見た日本の近代スポーツ』でミズノスポーツライター賞優秀賞・竹尾賞を受賞。

さかもと 未明(さかもと みめい)アーティスト
1965年神奈川県横浜市生まれ。玉川大学卒業。商社勤務を経て、1989年、漫画家デビュー。レディースコミック作家として脚光を浴びる。2000年、『花脳』を「文學界」に発表。以後、漫画創作の傍ら文筆家としても活躍。恋愛、風俗から政治まで幅広いテーマに本音でぶつかる作風が支持を受け、著作も多数。2006年より日本テレビ『スッキリ!!』レギュラーコメンテーター。2009年、難病である全身性エリテマトーデス+強皮症(いわゆる膠原病)と診断されたことを、近著『神様は、いじわる』(文春新書)にて公表。

松隈 洋(まつくま ひろし)京都工芸繊維大学 教授
1957年兵庫県生まれ。1980年京都大学工学部建築学科卒業、前川國男建築設計事務所入所。2000年京都工芸繊維大学助教授。2008年京都工芸繊維大学教授。現在に至る。工学博士(東京大学)。専門は近代建築史、建築設計論。2000年よりDOCOMOMO Japanメンバー。2013年同代表。
主な著書に、『ルイス・カーン』(丸善)、『近代建築を記憶する』(建築資料研究社)、『坂倉準三とはだれか』(王国社)、『残すべき建築』(誠文堂新光社)、『再読/日本のモダンアーキテクチャー』(共著・彰国社)、『日本建築様式史』(共著・美術出版社)、『関西モダニズム再考』(共著・思文閣出版)、『原発と建築家』(共著・学芸出版社)、『美術館と建築』(共著・青幻舎)、『建築家 大高正人の仕事』(共著・エックスナレッジ)、『前川國男―現代との対話』(編著・六耀社)、『建築家・前川國男の仕事』(共編著・美術出版社)など。2005年~06年「生誕100年・前川國男建築展」実行委員会事務局長を務めた他、「文化遺産としてのモダニズム建築―DOCOMOMO20選」展(神奈川県立近代美術館,2000年)、「同100選」展(松下電工汐留ミュージアム,2005年)のキュレーションや、レーモンド、坂倉準三、シャルロット・ぺリアン、白井晟一、丹下健三、村野藤吾など多くの建築展企画にも携わる。文化庁国立近現代建築資料館運営委員。

【コーディネーター】
加藤 秀樹 (かとう ひでき) 構想日本 代表
大蔵省に勤務の後、1997年4月、日本に真に必要な政策を「民」の立場から立案、提言そして実現するため、非営利独立のシンクタンク構想日本を設立。幅広い分野で政策提言を行い、実現したものは20以上にのぼる。とりわけ2002年から始めた「事業仕分け」は地方自治体でも国でも、行政、財政改革の切り札的手法として定着している。さらに最近インドネシア国会、OECDなど海外でもオープンガバメントの有効な手法として注目されている。現在、政党運営のルール=政党法や、医療・介護を中心に、その実現に向けて各分野の変革者やNPOと連携し活動している。

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