
タイトル:わが国の次世代人材育成政策に期待するもの
発行日:2004/02/06
読者の声
■ <北上リグ・政策コンサルタント 2004.02.06>
私には3歳の娘がいて、世間一般に比べれば父親として深く育児に関わっている方
だと思っているので、汐見氏の意見にはまったく同調します。ただし、「最大のテーマ」である「親の育児の水準を上げることへの支援」に関して、保育の量ではなく質を優先させなければならないという考え方には、わずかに異論があります。もちろん、汐見氏が言うように、「やすかろうまずかろう的な保育が行われたら、歴史にとんでもない禍根を残すことになる」でしょう。しかし保育園が増えなければ、結局は母親が一手に育児を引き受けることになり、問題は解決されません。私は、量と質を同時に確保していくことが必要だと思います。
かねてから私は保育園の入園にあたって条件や制限を設けるべきではないと考えています。保育所は福祉施設という位置付けで、子供を預けるためには、両親が共働きであるとか、病気や介護で育児ができないなどといった理由が必要となっています。以前は「父親の収入が少なく、母親も勤めに出ないとやっていけないので子供を預けなければならない、なんてかわいそうなのかしら」というのが保育園に通園している子供に対する評価でした。しかし、現在では「保育園に子供を預けられるうえ、そのおかげで母親が仕事ができるなんて、うらやましい」というのが一般的な評価です。その背景には、汐見氏が触れた日本の育児事情の惨状があります。
昔は、親類や近所の人を巻き込んだ子育てが可能でした。一日中、外で近所の子供と遊びまわって、日が暮れる頃に腹を空かして帰ってくる、という育児スタイルも可能でした。一方、現代の育児は密室の中で行われます。外に出ても、周りは無関心か敵対的な人ばかりです。内でも外でも、孤独の中で子育てをしています。しかも核家族化が進んで、子育てに関してアドバイスをしてくれる身近な人がいなくなりました。換言すると、若い母親たちは、誰からも支えられることもなく、子育てをしなくてはならなくなったのです。これでは問題が起きないほうが不思議です。父親を家庭に引き戻し、育児を分担させるべきだという意見がありますが、男性の育児休暇取得率の低さが示すように、現実的ではありません。
汐見氏が「次世代育成のための施策は、国家的な人材育成策である」といっているように、私も、社会全体が子育てに関わる必要があると思います。具体策としては、保育園の入園条件をなくして、すべての人に子供を預ける権利を与えるべきだと思います。もちろん、保育園の数を、特に需要の大きい都市部では、何倍にも増やす必要があります。また、質の高い保育士を養成しなければならないでしょう。これは福祉政策ではなく、汐見氏が言うように、正に国家的な次世代育成政策です。副次的に、女性の社会進出を促進し、雇用や需要の創出にもつながります。女性の社会進出が出生率の低下を招いているといわれていますが、逆に女性が社会進出できる環境がそろっていれば、つまり自分の人生や子育てに不安がなくなれば、出生率は上がるのではないでしょうか。
妻は子供が3歳になるまで、いや1歳までくらいは自分が育てるべきだ、という一般的な「迷信」を信じていました。しかし、「まずは自分自身の人生を大事にして欲しい」という私の説得で、生後6ヶ月くらいで預けることになる四月入園を申請し、運良く保育園に入れることができました。いまでは、保育園に対して有り余るほどの感謝の気持ちでいっぱいで、二人目を作ろうか、と思案しているところです。