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J.I.メールニュース

タイトル:心土不二の時代(前編)
発行日:2004/05/14
読者の声

■ <外岡 豊・埼玉大学経済学部社会環境設計学科教授(環境政策)2004.05.14>
短い記述ですが、中身は卓見と思いました

基本を踏み外したまま長く生活しているとそれが日常になって感覚が異常になる
   はやくそういう時代を卒業すべき
     はじらいのない銭儲け
     サービス産業の興隆=高い人件費を相互に取り合う時代  

理想はそういう状態を卒業して、サービス産業の人件費はゼロに近くなり、−
-いずれそれは金のいらない相互扶助になる(と良い)
   気がついてみれば忙しい忙しいといってやっていることの多くは、3,2,
1次産業ともに、
   「そんなものいらない」ものことを人に売りつけているだけなのではないか

   それで肝心な「食」の生産が空洞化なんて、いったい何考えてるのか??と
聞かれたら
   安い作物を輸入=費用最小=効用最大を実現しているのだと言えるのでしょ
うか?

   日本の国土は太陽も適度に照って、水もたっぷりあって、元来の自然の土地
の力のままなら土壌もよし、
   さいわい日本人は勤勉な人種でもあり、農業の条件は十分よい
   ここで農業をしないのはそれこそ「もったいない」
   「もったいない」を「もったいない」とも思わないのはなぜなのか? 
    貨幣経済社会の市場原理は交換の原理であって生産の原理ではない
    実態経済から考える生産の原理は
     太陽エネルギーと労働を無駄にしないことを最優先すべきなのである  なぜならこの二つは(直接の)貯蔵ができないから
     作物の収穫が不要ならせめて土造りをしておくべきである
      (これは一種の貯蔵、太陽エネルギーを土壌生産力に変換して貯蔵し
ている))

   第4次産業の時代とは 貨幣経済を乗り越えてGIVE&GIVEに働きあう時代、
   そのときTAKEの意味での労賃はいわば生存原価
   その人が生きてゆくのに必要な実費のうちその労働に相当する一部を負担す
ればよい

   貨幣経済のTAKE&TAKEをはやく卒業したいものである  

   農薬がどうの環境リスクがどうの、貿易摩擦が---農業は儲からない??
   なんてことを議論しているより、おいしくて命に満ちた食べ物を食べたい
   みんながストレートにそう思うことが
   健全な農業が普通にできる時代にもどる原動力になるのではないでしょうか

   実現への道は意外に簡単で誰かが始めてしまえば、あとからみんながその道
をまねして通ればすぐにその道は太くなる(と期待したい)

■ <北上リグ 2004.05.17>
日本の農業を考える

農政を考えるにあたって、食の視点からではなく、経済的な営みとしての農業というものを、稲作を中心に歴史的な角度およびマクロ的な観点から考察してみたい。

人はなぜ田畑を耕し、作物を作るのだろうか。当然食べるためではないか、というなかれ。食べるためだけであれば、なぜ自分が消費できる以上の量を生産するのか。

そもそも太古の日本列島は、大地は森林に覆われていた。湿潤温暖気候が大木の発育に適しているからだ。森林というのは天然の食料庫である。人々は木の実を採集し、動物を狩り、海や川で漁を営んだ。自然の恵みが溢れるほど豊かだった縄文時代の日本列島では、農業などを営む必然性などなかったのだ。

時代が下って弥生時代に入ると、シナから文明の波が押し寄せてくる。なかでも農耕が日本列島に伝わる。ここでいう農耕とは穀物の大規模栽培である。気候的に麦作は適さず、稲作が広まった。ここで注意したいのは、日本列島が大自然の豊かな恵みに溢れる土地であることは弥生時代に入っても変わりないということだ。つまり稲作が導入されたのは、食のためではない。ここで問題なのは、なぜ自然の恵みが豊かだったのにもかかわらず、大変な労力が費やされる稲作が普及したかである。

一つには、シナから伝わってきた稲作は文明そのものだった、ということがある。稲作を行うということは、日本列島の縄文人にとっては文明開化だったのである。開墾や灌漑などの農耕技術。一回の収穫で大量の食物が獲られるという生産性。作物の生産、流通、販売、消費などの市場形成。税制の発達。農業を管理するものは絶大な権力を握るという社会性、政治性。文明人=シナ人のコメを食べるという習慣を真似るという文化的側面。

いま一つ考えられるのは、稲作が儲かるということ、つまり富を産み出すということだ。文明との接触や都市の発達は、消費市場を成形し、商売としての農業を促したのである。米を作って売ればカネになる。米は食物である前に商品だったのである。コメは利益になる付加価値の高い商品だったのだ。そこに米を生産意味があったのだ。さらに、コメ自体が持つ貨幣価値。米は通貨そのものであった。

それ以降の日本の政治、経済、社会は、稲作を軸に発展して行く。ところが日本が発展して行くにつれ、農業という不動産経済から工業、貿易という動産経済に比重が移り始める。戦国時代から江戸時代まで日本各国の経済力は石高で表されていたが、それは必ずしも各国でそれだけのコメが獲れるということではなく、各国が持つ経済力をコメに換算していたに過ぎない。幕府が利益を上げていたのは農業からではない。貿易からである。それがために鎖国という対外貿易の独占を図ったのだ。また、江戸時代には既に貨幣経済が浸透していたので、コメの貨幣価値はかなり下がっていた。各国には藩独自の通貨が流通していた。

日本経済において農業が完全な斜陽産業になるのは、産業革命からだ。ちょうど20世紀に入る頃、工業が盛んになり、資本と労働は農村を離れ、都市の工業に集中した。農業は国の基幹産業ではなくなったのだ。これはどういうことかというと、コメは利益になる付加価値の高い商品ではなくなったということだ。農産物よりも工業製品のほうが付加価値が高く、工業のほうが儲かるからである。そして近代的な通貨制度が整備され、コメには名実ともに貨幣としての価値も失ったのだ。

しかし、自給自足を目指す軍閥政府によって、農業振興は国策となる。続けて1945年の敗戦で食料需要が逼迫し、一時的に農業が地位が上がったが、経済が復興し成長軌道に乗ると再び農業は落ち目になる。ところが今度は、コメ農家と政治家が結託し、生命維持装置をつけて人為的に農業が支えられ続けたのだ。それによって、海外との競争は拒まれ、農業改革は先送りされ、農家は所得を保証され、消費者は高い農産物を買わされることになったのだ。加えて農水省が耕地面積を増やそうとして環境を破壊する一方で、コメの過剰供給対策として減反政策を進めるという、完全に矛盾した農業政策を実施してきたのだ。

日本の農業を正常な状態に戻すのは容易なことではない。農業は人口から見ても国内総生産に占める割合から見ても、現代の日本にとっては極めてマイナーな存在である。にもかかわらず農村は政治的には極めてメジャーな存在なのだ。票田とはよく言ったもので、多くの国会議員が農村地帯を基盤としている。このため、政府は農業保護政策を採ることが半ば当り前になっている。この農村の過剰代表、都市の過少代表問題は、保身を図る国会議員自身がなかなか改めようとしない。

しかし考えてみると、儲からないばかりか補助金や買取制度などがないと採算が取れないような営みを、これ以上税金を使って支える必要があるのだろうか。農家が国民の食を担っているというよりは、国民が農家の生計を助けている状態なのだ。食料確保という観点からは、貿易立国を標榜するわが国は海外から調達してもよいのではないか。しかもそのほうが安価となれば、消費者にとってはエンゲル係数を下げる、つまり食費を低く押さえることができるだけでなく、実質的に購買力が増えることになるので、工業製品やサービスの消費、あるいは投信などにお金が回せるということになる。

安全性の問題を言うならば、国産品に対するのと同じ基準で同じように検査をすればよいことなので、外国産が危ないとは言い切れないし、農薬や化学肥料に依存する日本の農業の実態や最近のBSE問題や遺伝子組換え作物などに対する行政の対応を見ると、国産は安全とも言い切れない。

また、食料自給率の議論は、国内農業を正当化するための後付けであり、米以上に日本の食文化の中核的存在である大豆の調達状況を見れば、まったく的を射ない議論であることがわかる。戦争などの危機に備えるための自給率信仰に至っては、自前の軍隊の必要性を唱えること以上にナショナリスティックである。供給源を分散すればすむことだし、そもそも食料の輸出入という相互依存関係こそが戦争を予防する効果があるのだ。

また、日本の伝統的な風景を保存するという議論も、国内農業を正当化するための後付けに過ぎず、承服できない。敢えて水田などの景色を残したいのであれば、それは農政ではなく環境政策もしくは観光政策であり、別途議論する必要がある。

私は何も日本の農業は潰すべきだと言っているのではない。ただ、生産者保護に偏
り、消費者が置き去りになっている現状を考えると、現在の農業政策に疑問を抱かざるを得ない。基本的には、保護しなければやっていけないような産業は、成長を目的とする場合を除いて、やめるべきである。しかし、その前に保護をやめてみるとよい。そうすれば、その産業が本当に成り立たないのかどうか判明するだろう。

いまや農政は外交問題である。日本は工業大国・貿易大国でありつづけるために、FTAに活路を見出そうとしている。その際、必ず農産物がネックとなる。こんなことは許されない。日本は農業の保護をやめて国際競争にさらし、農業を再編成することから始めなければならない。それはとりもなおさず、日本の農業を強化する唯一の方法なのだ。


■ <青山香菜・KITAKAZE inc. 編集工房(有)北風寫眞舘 2004.05.17>

いつもJIメールニュースをお送りいただきまして、ありがとうございます。
時どき地域で関わっていますNPOの資料にさせていただいております。
本日配信をしていただきました No.147「心土不二の時代」につきまして、
山下惣一さんのお話が出ていましたので、タイトルの「心土不二」がこの
文字でしたので、なにか意図があってかしら?と気になりましてメールを
いたしました。

>  こうした危機の中、「有機認証制度」がもてはやされている。これで食
> 品は大丈夫なのだろうか。農民作家の山下惣一は、50年以上にわたる農
> 業経験をふまえて、これがWTO(世界貿易機関)の陰謀だと喝破する。えっ、
> どういうこと?

>  彼の『ザマミロ!農は永遠なりだ』(2004家の光協会)には、フツーの
> 農家の本音が余す所なく語られている。
>  有機農業や環境保全型農業に対して彼は、本人たちの思惑とは別の現象
> として、一般の農産物とは違うという「差別」、農業機械や農薬・化学肥
> 料、ビニールハウスなどによる近代的農業には与しないという「排除」、
> 自分たちだけが正しいという「独善」の3つの論理がまかり通っているの
> ではないかと、心配する。
>  彼は、近代化を超えるとは、昔に戻る事ではなく、近代化の技術と経験
> を活かして、原理原則を決して行きづまることのない循環、「まわし」の
> 基本に到達させることだという。農を軸にした成長を必要としない小さな
> 循環型社会を地域の消費者とともに目指そうと呼びかける。全く賛成であ
> る。

>  山下は言う。日本から農業は消えたりはしない。農は永遠なりだ。この
> 国と国民に農業を守る意思がないのなら、百姓は独立するぞ!


この一文を読んで、思わずパチパチと手をたたきたきなりました。
滋賀県でも「環境こだわり農産物」という制度をスタートして
農薬使用の低減目標をたて、減農薬・省農薬栽培の農産物について
認証制度をつくってしまいましたが、山下惣一さんのおっしゃている

> 近代化を超えるとは、昔に戻る事ではなく、近代化の技術と経験を
> 活かして、原理原則を決して行きづまることのない循環、「まわし」の
> 基本に到達させることだという。農を軸にした成長を必要としない
> 小さな循環型社会を地域の消費者とともに目指そうと呼びかける。

持続可能な循環「まわし」が、地域の中でまったく見えてきません。
消費者が求める「安心・安全」に応えるという県のアピールですが、
実際に栽培されている農産物:スーパーなどで販売されている野菜を
見る限り???です。

5月25日の「JIフォーラム」ーなぜ「食べもの」が危なくなったのか?ー
はお話を聴きたいので、お江戸出張を画策中?です。月1〜2回の出張
コースに日程がうまく合えばぜひ参加させてください。

「良い食品づくりの会」という全国の食品メーカー・生産者と流通関係者
が研修しているグループがあり、私は京滋研修グループに参加しています。
「原材料」「官能検査」「容器包装・衛生」部会があり、容器包装・衛生
部会におります。エコラベル等、容器包装は消費者とのコミュニケーション
ツールですので、仕事をちゃっかり勉強の場にしてしまっています。
6月12〜13日、山梨・清里高原キープ協会の清泉寮で「良い食品博覧会」
があります。お時間のご都合がつきましたらぜひお越しくださいませ。
会場におります。
◆「良い食品づくりの会」ホームページ
http://www.yoisyoku.org/jyouken4.htm

生産者会員の中で、和菓子の「仙太郎」田中護るさんは、「身土不二」を
テーマにお菓子づくりをされています。ここ数年間で砂糖をふくめて原材料
のすべてを国内産にされ、小豆・栗・黒豆・米などは自家農園で栽培して
います。食と農のつながりを大切にするお菓子づくり、勿体ない精神を実践
する経営をしていく間に、気がつけば限りなくゼロエミッションに近い工場
になっています。
百貨店などの売り場でも売れ残り率は1%未満、それもすべて工場に戻して
肥料化するなどの徹底ぶりです。工場「たんば直産菓房」は丹波の八木町に
あります。「良い食品づくり京都フォーラム」で三橋規宏先生に講演をして
いただいたのがきっかけで、ゼロエミッション、グリーンコンシューマーに
関心をもたれ、三橋先生も仙太郎さんの経営に関心をもたれて、取材をして
くださいました。その後、三重県の日本環境経営大賞に仙太郎さんを推薦さ
れて、今年の環境フロンティア部門「独創的環境プロジェクト賞」に選ばれ
ました。

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