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【No.876】「特ダネではないけれど(26)障害者雇用率の水増し」

◆ 自治体職員 平岡 直也氏(2018/09/18)

No.876 寄稿文への感想につきまして

役所として、「等」「原則として」は、確かによく使うフレーズです。

文書主義で、特定の文書を根拠に多種多様な現実に対応していくうえで、おそらく今後も必要とされるでしょう。

ただ、目指すべき主旨を没却した形で“悪用”されてはならない、と改めて感じました。

一つ一つの文書=法制度・行政行為が、いったい何を目指しているのかに常に立ち返って、主旨を守るべきだと思います。

障害者雇用において、手帳の有無で障害者か否かを判断することは、対民間で厳格に求めていたのでしょうから、お膝元の官庁等でないがせにされていたのは問題でしょう。

各省庁等が「原則として」の解釈を誤ったのは、厚労省の通知の仕方がまずく、その後の指導も不徹底だったからに違いありません。

お役所仕事の悪い面ですが、形式的なつじつま合わせに走ったという面もある気がします。

現実的な落としどころを見つけるというのは必要なことではありますが、民間ならば認められないところで落としどころを見つけて片付けてしまったのは明らかに不適切であり、失敗です。

ただ、一人の役人として思うのは、形式=制度の方が現実にそぐわなくて、やむを得ずつじつま合わせをしている場面もあるやに思います。

障害者雇用の問題がそうだと言うわけではありませんが、文書という形に落とし込むときの違和感をもとに、制度の方を見直していくという契機もあってよいように思います。

いろいろと考えさせられる論稿、ありがとうございます。


◆ 埼玉大学名誉教授 小野 五郎氏(2018/09/14)

読者の声

もっときめ細かに
すでに35年も前のことになるが、当時、地方局総務部長時代として障碍者雇用にも関わ
った者として言うと、手帳の有無確認の必要性を「認識してなかった」などありえない
。少なくとも当初は分かった上での確信犯だったはず。そう認識した上で、それが何故
なのかを考えなければ改善に至ることはできない。
背景にあるのは、もちろん水増しそのものは悪いが制度そのものの欠陥であり、それを
先の文書問題同様誤魔化そうとする姿勢にこそある。
なぜなら、一見類似業務でも障碍者には務まらない部門があるから、役所のような比較
的画一的組織では、障碍者雇用を積極的に出来る省庁・部局と出来ない所とに一律同一
基準適用しようというのが無理。例えば、議会対策の多い所では、よほど議会側の理解
が無い限り障碍者による対応には困難が多く、結果として健常者にとってブラック職場
となりかねない。
また、同じ「障碍者」と一括りにするが、障碍の中には色々なものがあり、たまたま業
務上さして支障とならないものもある。例えば、私のゼミ時代隻眼の同級生がいたが、
彼は後に新聞記者として活躍した。また、部下にもいたが、月一回程度透析が必要なだ
けであれば透析計画を立ててカバーしあうことも可能である。
しかし、極度に動作困難な障碍者に肉体作業の多い業務、知的障害者に立法業務を総合
的に引き受けるのは無理である。そうした方の場合、役所が直接雇用するのではなく、
官公需における小規模企業発注同様、特定業務の障碍者作業所への優先発注なども含め
た方が現実的だろう。
いずれにしても画一的発想しかできない厚労官僚にはとうてい不可能な話で、官邸が第
三者委員会に依頼・主導し、業務ごと・障碍ごときめ細かく組み合わせてルールを策定
した上で全官庁合計としての目標、省庁ごとの目標、部局ごとの目標の達成を義務付け
るほかはない。とはいえ、厚労族がそんな乱暴な話を大人しく受けいれるとも思えない
が。